<Header>
<Author: 盧照鄰>
<Title: 長安古意>
<Format: 格式不明>
<Year: 1964>
<BookName: 唐詩選　上>
<Translator: 斎藤晌>
<style: 現代文無假名>
<style2: 日本現代譯文無假名標注>
<TranslatedTitle: 長安古意>
<BookPage: 56>
<UsedPage: 1>
<Feature: 1, 4>
<End Header>
<Poem>
長安大道連狹斜，
青牛白馬七香車。
玉輦縱橫過主第，
金鞭絡繹向侯家。
龍銜寶蓋承朝日，
鳳吐流蘇帶晚霞。
百丈遊絲爭繞樹，
一羣嬌鳥共啼花。
啼花戲蝶千門側，
碧樹銀臺萬種色。
複道交窗作合歡，
雙闕連薨垂鳳翼。
梁家畫閣天中起，
漢帝金莖雲外直。
樓前相望不相知，
陌上相逢詎相識。
借問吹簫向紫煙，
曾經學舞度芳年。
得成比目何辭死，
願作鴛鴦不羨仙。
比目鴛鴦真可羨，
雙去雙來君不見。
生憎帳額繡孤鸞，
好取門簾帖雙燕。
雙燕雙飛繞畫梁，
羅幃翠被鬱金香。
片片行雲著蟬鬢，
纖纖初月上鴉黃。
鴉黃粉白車中出，
含嬌含態情非一。
妖童寶馬鐵連錢，
娼婦盤龍金屈膝。
御史府中烏夜啼，
廷尉門前雀欲栖。
隱隱朱城臨玉道，
遙遙翠幰沒金堤。
挾彈飛鷹杜陵北，
探丸借客渭橋西。
俱邀俠客芙蓉劍，
共宿娼家桃李蹊。
娼家日暮紫羅裙，
清歌一囀口氛氳。
北堂夜夜人如月，
南陌朝朝騎似雲。
南陌北堂連北里，
五劇三條控三市。
弱柳青槐拂地垂，
佳氣紅塵暗天起。
漢代金吾千騎來，
翡翠屠蘇鸚鵡杯。
羅襦寶帶爲君解，
燕歌趙舞爲君開。
別有豪華稱將相，
轉日回天不相讓。
意氣由來排灌夫，
專權判不容蕭相。
專權意氣本豪雄，
青虬紫燕坐春風。
自言歌舞長千載，
自謂驕奢凌五公。
節物風光不相待，
桑田碧海須臾改。
昔時金階白玉堂，
即今唯見青松在。
寂寂寥寥揚子居，
年年歲歲一牀書。
獨有南山桂花發，
飛來飛去襲人裾。
<End Poem>
<Translation>
長安の市街は、はばの廣い堂々たる大道路が碁盤の目のように交錯しているが、それを一歩それると、小さい横丁が無數に通じている。(色町もそんなところにある)黒い牛、白い馬、それらが車をひいて通ってゆくが、なかには、七種の香木でしつらえたと思われる車が、あたりにかぐわしい匂いをまきちらしながらはせ去る。美しい女性が玉をちりばめた美しい輦に乗って、それを下人にひかせながら、どこへ行くかと見れば、同じような美しい輦の連中が右からも左からも出てきて、内親王邸のなかへ消えてしまう。黄金づくりの鞍おいた騎馬は、あとからあとから、ひきもきらず王侯の屋敷へ向かって行く。このような車馬の往來は、一日中、たえることがない。貴公子の頭上にかざす寶蓋をくわえた龍の飾りは、朝日の光を受けてきらきら輝いていた。貴婦人の乘用とおぽしき車のとばりには絢爛と刺繍した鳳凰の口から五色の紐がたれさがり、それが夕焼け雲に照りはえていた。ごらん、百丈もあろうかと思われるほど長くたなびいた絲ゆうは、さきを爭うようにして木々にまつわり、一群のかわいい聲の鳥どもがいっしょになって花かげにさえずりまわっているではないか。そのかわいい聲の鳥や、花にたわむれる蝶は、宮殿の數も知れぬ門のかたわらを飛び舞っている。エメラルドのようにつやつやした綠の木々、白銀を飾りたてた臺、くさぐさの色に目がさめるようだ。上下に平行してかけられた回廊には違い窓が對をなしてつづき、また宮門の兩側に相對する樓観は甍をつらねて鳳凰が翼をたれているよに見える。はるか向こうの方を見渡すと、大將軍梁翼の家の彩色した樓閣が空中にそびえたち、また漢の武帝が建てさせた承露盤をささげる銅柱が雲の上まで突き出ている。大廈高樓が軒をならべ、數百萬の人口をかかえた長安の都は市中いたるところ雜沓をきわめ、自分のいる家の前から眺めていても、そこにいる人が誰だか、お互いに知らない。まして街で行き逢う相手に顔見知りなどあろうはずがない。あの、簫を吹いているお方、ちょっとおたずねしたい。むらさきいろの煙とやらにあこがれて、まさか簫史を御相手に仙術の修行をなすってるのじゃないでしょうね。どういたしまして。以前に少々舞のおけいこをいたしましたの。若い日をあだに過ごしたくないと思いましてね。簫史のようなよい男とごいっしょになれたら、すぐ死んだっていいです。ひらめやおしどりのよぅに、ぴったりくっつきあって暮らせたら、蕭史さんや弄玉さんのように欲ばって仙人になって長生きするなんて、そんなこと、ちっともうらやましくないの。ほんと、ほんと、ひらめやおしどりみたいなの、うらやましいわねえ。そうれ、二人ずつ、くっつきあって行ったりきたりしてるのを、ごらんなさいよ。まあ、いやなこと。ここの白数についた刺繍の鷲の鳥。たった一羽のやもめどりよ。ああよかったわ、ここの門の簾は、ちゃんと一番のつばめがついている。そういえば、この奥深い屋敷では、二羽のいばめが連れだって美しくぬった梁のあいだを飛びめぐっている。薄絹のカーテンがふわりとたれて、寝室のみどりの夜具が透いて見え、焚きしめた鬱金香のえならぬかおり。そのかげに一人の女性の姿がほんのりと浮き出している。ひとひらずつ流れてゆく雲のような黒髪がせみの羽のような型にしつらえた兩鬢につき、ほっそりした三日月眉の上には額に鴉黄という黄色い化粧のあと。さて戸外の方へ目をやると、ちょうど車がまって、そのなかから同じように額に鴉黄をほどこし、顔に白粉をぬった美人がおりたった。こびをふくみ、しなをつくって、しゃなり、しゃなりとあらわれたその様子は一通りや二通りのものではない。しかし外を通行しているのは、貴婦人ばかりではなかった。いやににやけた美少年の男娼が飾りたてた黒葦毛の馬にまたがってゆらりゆらり道をうたせている。かと思えば、人にひかせたむき出しの小車に乗った遊女が頭にさしたものものしい金の盤龍のついた釵をゆすりながら過ぎてゆく。御史の役所(検察廳)では群鳥が夜なかにガアガア鳴きたてているそうだ。この鳥の群れがよりつかなくなると、御史大夫の職が廢止になるという噂を聞いたが、まだ鳥の住み心地はわるくなさそうだ。それにしても、訴訟事件などあまりないとみえ、この閑散をきわめたありさまは、お役所か山林か、さっぱり區別がつかない。犯罪人を検舉して都民の平和を守っていただく延尉(警視總監)殿のお宅の門前には人通りがすくなく、雀が集まって巢をしかけているとか。いずれにしても泰平無事の世のなかで、まことにめでたい限りと申さねばなるまい。しかし一方に目をやれば、どっしりとした、いかめしい京城の周壁が石だたみのぺーブメントに面してそびえている。城門を出て行かれるのは、どなたさまの御微行か、翠色の幌にさえぎられてわからないが、はるばると駆けて行く車のうしろ姿は遠く堤防のかなたに見えなくなった。この繁華は城内に限ったことではない。郊外の行楽地、杜陵原の北あたりへ、貴族の子弟がとりまきをひきつれて出かけている。彈器を小脇にかかえて小鳥をねらうものもあれば、鷹を飛ばしてうざぎや雉を狩るものもある。そかと思うと、なかには、いわゆる「ころしや」などもいる。人に頼まれると、くじをひいて部署を定めておく。そして交通の要路でありながら當局の警戒が比較的手うすい渭城の西あたりで待ちぶせ、突然、指名の人物を襲撃するという。いやどうも物騒な話だ。物騒といえば、こんなやからと多かれすくなかれくされ縁につながっている俠客の連中は腰に寶劍をぶらさげ、肩で風切って横行濶歩しているが、同勢すぐってくりこむさきは知れたこと、紅燈綠酒の花柳の巷、紋歌さんざめく平康坊の色町、いわゆる北里である。ここは夜の世界だ。日が暮れてから生きかえってくる。何々樓のナンバーワンといったような美人があちらにもこちらにもいて、紫の薄絹のスカートをつけてあらわれ、清らかな歌をひとくさりうたうと、そのやさしい口もとから漂う、えもいわれぬ色っぽい雰園氣につつまれてしまう。ここへかよってくるお客はまるでお月さまそっくりで、夜きて朝歸る。その朝歸りのお客が、北の廓でも南の宿でも、あずけておいた馬をひき出して來る。そのおびただしい數は、さながら雲が湧きたつょぅだ。南の宿も北の廓も、いわゆる北里の一部であるが、ここだけが長安の盛り場というわけではない。五つ辻の繁華街と三つの大通りが三つの市場(マーケット)にみちびいている。(漢代の修辭に從ったもので、唐代では東西二つの市場があり、規模は漢代よりずっとおおきかった。）そこには雨側の街路樹が長くつづいてなよなよと若いしだれ柳の絲が地面をはらい、なんともいえない景氣のよい雰園氣がたちこめ、塵ぼこりがもうもうと空がうす暗くなるほどまき起こっている。と見れば、塵ぼこりをけたててやってきたのは、近衞の士官が乗った千騎の馬だった。馬を下りると、廓一帶になだれをうって入りこんだ。なんといっても一番もてる御連中だから、さっそく各所で酒宴がもよおされる。翡翠の色の美酒をめずらしい鸚鵡貝の盃であおりたてる大陽氣、美人進も、それぞれ、「ぬしのためなら、薄絹の短衣もはだけましょう。寶石を飾った帶もといちゃいましょう。ぬしのためなら、とっときの歌もうたいましょう。年季を入れたおどりもごらんにいれましょう」とたいへんなもてなしぶり。しかし別に、大臣だ大將だと稱して豪勢をきわめる御連中がいる。この御連中ときては、沈む日をもまねき返し、天の運行を逆轉させるというくらいで、他人にゆずるなどということはない。あくまで自己を主張して一歩もあとにひかない手あいだ。その鼻息の荒いこと、意氣の盛んなことは、灌夫のような剛直無比の有力者をも平氣でおしのけ、權力を獨專しているから嚴正廉直の聞こえの高い宰相蕭望之に對しても、断じて容赦しないくらいだ。その權勢、その意氣、まあなんというすばらしい豪勢さだろう。いつも名だたる駿馬にまたがってお出かけとなれば、まだ動かないさきに颯爽と風がまき起こるありさまだ。だから、自分でも、この歌舞によってたのしみを千載にきわめようといい、また自分の遊びのはでなことは、有名な五人の貴族をも凌駕するものだと思っている。しかし、四季の事物の移りかわり、自然のすがたは、いつまでもじっとしていてはくれない。青い海が桑畑にかわったり、その桑畑がもとの海原になったりするのも、ほんのつかのまのことだと聞く。昔、黄金の階や白玉の堂をこしらえて盛んな歌舞などをして豪奢をきわめた大邸宅のあとも、今ではただ青い松がはえているだけではないか。
この榮華の都長安を背景にひかえながら、南の郊外の片ほとり、ひっそりかんと閑静をきわめているのは揚子雲の住居だ。くる年もくる年も、ソファの上に積みかさねた書物を相手にくらしている。秋ともなれば、終南山に咲く桂の花が風に吹かれてちらちら飛んでくる。そして、それが高いかおりをただよわせながら人の着物の裾につくのだ。
<End Translation>
<Formatted Translation>
長安の市街は、はばの廣い堂々たる大道路が碁盤の目のように交錯しているが、それを一歩それると、小さい横丁が無數に通じている。(色町もそんなところにある)
黒い牛、白い馬、それらが車をひいて通ってゆくが、なかには、七種の香木でしつらえたと思われる車が、あたりにかぐわしい匂いをまきちらしながらはせ去る。
美しい女性が玉をちりばめた美しい輦に乗って、それを下人にひかせながら、
どこへ行くかと見れば、同じような美しい輦の連中が右からも左からも出てきて、内親王邸のなかへ消えてしまう。黄金づくりの鞍おいた騎馬は、あとからあとから、ひきもきらず王侯の屋敷へ向かって行く。このような車馬の往來は、一日中、たえることがない。
貴公子の頭上にかざす寶蓋をくわえた龍の飾りは、朝日の光を受けてきらきら輝いていた。
貴婦人の乘用とおぽしき車のとばりには絢爛と刺繍した鳳凰の口から五色の紐がたれさがり、それが夕焼け雲に照りはえていた。
ごらん、百丈もあろうかと思われるほど長くたなびいた絲ゆうは、さきを爭うようにして木々にまつわり、
一群のかわいい聲の鳥どもがいっしょになって花かげにさえずりまわっているではないか。
そのかわいい聲の鳥や、花にたわむれる蝶は、宮殿の數も知れぬ門のかたわらを飛び舞っている。
エメラルドのようにつやつやした綠の木々、白銀を飾りたてた臺、くさぐさの色に目がさめるようだ。
上下に平行してかけられた回廊には違い窓が對をなしてつづき、また宮門の兩側に相對する樓観は甍をつらねて鳳凰が翼をたれているよに見える。
はるか向こうの方を見渡すと、大將軍梁翼の家の彩色した樓閣が空中にそびえたち、
また漢の武帝が建てさせた承露盤をささげる銅柱が雲の上まで突き出ている。
大廈高樓が軒をならべ、數百萬の人口をかかえた長安の都は市中いたるところ雜沓をきわめ、
自分のいる家の前から眺めていても、そこにいる人が誰だか、お互いに知らない。
まして街で行き逢う相手に顔見知りなどあろうはずがない。
あの、簫を吹いているお方、ちょっとおたずねしたい。むらさきいろの煙とやらにあこがれて、まさか簫史を御相手に仙術の修行をなすってるのじゃないでしょうね。
どういたしまして。以前に少々舞のおけいこをいたしましたの。若い日をあだに過ごしたくないと思いましてね。
簫史のようなよい男とごいっしょになれたら、すぐ死んだっていいです。
ひらめやおしどりのよぅに、ぴったりくっつきあって暮らせたら、蕭史さんや弄玉さんのように欲ばって仙人になって長生きするなんて、そんなこと、ちっともうらやましくないの。
ほんと、ほんと、ひらめやおしどりみたいなの、うらやましいわねえ。
そうれ、二人ずつ、くっつきあって行ったりきたりしてるのを、ごらんなさいよ。
まあ、いやなこと。ここの白数についた刺繍の鷲の鳥。たった一羽のやもめどりよ。
ああよかったわ、ここの門の簾は、ちゃんと一番のつばめがついている。
そういえば、この奥深い屋敷では、二羽のいばめが連れだって美しくぬった梁のあいだを飛びめぐっている。
薄絹のカーテンがふわりとたれて、寝室のみどりの夜具が透いて見え、焚きしめた鬱金香のえならぬかおり。
そのかげに一人の女性の姿がほんのりと浮き出している。ひとひらずつ流れてゆく雲のような黒髪がせみの羽のような型にしつらえた兩鬢につき、
ほっそりした三日月眉の上には額に鴉黄という黄色い化粧のあと。
さて戸外の方へ目をやると、ちょうど車がまって、そのなかから同じように額に鴉黄をほどこし、顔に白粉をぬった美人がおりたった。
こびをふくみ、しなをつくって、しゃなり、しゃなりとあらわれたその様子は一通りや二通りのものではない。
しかし外を通行しているのは、貴婦人ばかりではなかった。いやににやけた美少年の男娼が飾りたてた黒葦毛の馬にまたがってゆらりゆらり道をうたせている。
かと思えば、人にひかせたむき出しの小車に乗った遊女が頭にさしたものものしい金の盤龍のついた釵をゆすりながら過ぎてゆく。
御史の役所(検察廳)では群鳥が夜なかにガアガア鳴きたてているそうだ。
この鳥の群れがよりつかなくなると、御史大夫の職が廢止になるという噂を聞いたが、まだ鳥の住み心地はわるくなさそうだ。
それにしても、訴訟事件などあまりないとみえ、この閑散をきわめたありさまは、お役所か山林か、さっぱり區別がつかない。犯罪人を検舉して都民の平和を守っていただく延尉(警視總監)殿のお宅の門前には人通りがすくなく、雀が集まって巢をしかけているとか。いずれにしても泰平無事の世のなかで、まことにめでたい限りと申さねばなるまい。
しかし一方に目をやれば、どっしりとした、いかめしい京城の周壁が石だたみのぺーブメントに面してそびえている。城門を出て行かれるのは、どなたさまの御微行か、翠色の幌にさえぎられてわからないが、はるばると駆けて行く車のうしろ姿は遠く堤防のかなたに見えなくなった。
この繁華は城内に限ったことではない。郊外の行楽地、杜陵原の北あたりへ、貴族の子弟がとりまきをひきつれて出かけている。彈器を小脇にかかえて小鳥をねらうものもあれば、鷹を飛ばしてうざぎや雉を狩るものもある。
そかと思うと、なかには、いわゆる「ころしや」などもいる。人に頼まれると、くじをひいて部署を定めておく。
そして交通の要路でありながら當局の警戒が比較的手うすい渭城の西あたりで待ちぶせ、突然、指名の人物を襲撃するという。いやどうも物騒な話だ。
物騒といえば、こんなやからと多かれすくなかれくされ縁につながっている俠客の連中は腰に寶劍をぶらさげ、肩で風切って横行濶歩しているが、同勢すぐってくりこむさきは知れたこと、紅燈綠酒の花柳の巷、紋歌さんざめく平康坊の色町、いわゆる北里である。
ここは夜の世界だ。日が暮れてから生きかえってくる。何々樓のナンバーワンといったような美人があちらにもこちらにもいて、紫の薄絹のスカートをつけてあらわれ、
清らかな歌をひとくさりうたうと、そのやさしい口もとから漂う、えもいわれぬ色っぽい雰園氣につつまれてしまう。
ここへかよってくるお客はまるでお月さまそっくりで、夜きて朝歸る。
その朝歸りのお客が、北の廓でも南の宿でも、あずけておいた馬をひき出して來る。そのおびただしい數は、さながら雲が湧きたつょぅだ。
南の宿も北の廓も、いわゆる北里の一部であるが、ここだけが長安の盛り場というわけではない。
五つ辻の繁華街と三つの大通りが三つの市場(マーケット)にみちびいている。(漢代の修辭に從ったもので、唐代では東西二つの市場があり、規模は漢代よりずっとおおきかった。）
そこには雨側の街路樹が長くつづいてなよなよと若いしだれ柳の絲が地面をはらい、
なんともいえない景氣のよい雰園氣がたちこめ、塵ぼこりがもうもうと空がうす暗くなるほどまき起こっている。
と見れば、塵ぼこりをけたててやってきたのは、近衞の士官が乗った千騎の馬だった。馬を下りると、廓一帶になだれをうって入りこんだ。
なんといっても一番もてる御連中だから、さっそく各所で酒宴がもよおされる。翡翠の色の美酒をめずらしい鸚鵡貝の盃であおりたてる大陽氣、
美人進も、それぞれ、「ぬしのためなら、薄絹の短衣もはだけましょう。寶石を飾った帶もといちゃいましょう。
ぬしのためなら、とっときの歌もうたいましょう。年季を入れたおどりもごらんにいれましょう」とたいへんなもてなしぶり。
しかし別に、大臣だ大將だと稱して豪勢をきわめる御連中がいる。
この御連中ときては、沈む日をもまねき返し、天の運行を逆轉させるというくらいで、他人にゆずるなどということはない。
あくまで自己を主張して一歩もあとにひかない手あいだ。
その鼻息の荒いこと、意氣の盛んなことは、灌夫のような剛直無比の有力者をも平氣でおしのけ、權力を獨專しているから嚴正廉直の聞こえの高い宰相蕭望之に對しても、断じて容赦しないくらいだ。
その權勢、その意氣、まあなんというすばらしい豪勢さだろう。
いつも名だたる駿馬にまたがってお出かけとなれば、まだ動かないさきに颯爽と風がまき起こるありさまだ。
だから、自分でも、この歌舞によってたのしみを千載にきわめようといい、
また自分の遊びのはでなことは、有名な五人の貴族をも凌駕するものだと思っている。
しかし、四季の事物の移りかわり、自然のすがたは、いつまでもじっとしていてはくれない。
青い海が桑畑にかわったり、その桑畑がもとの海原になったりするのも、ほんのつかのまのことだと聞く。
昔、黄金の階や白玉の堂をこしらえて盛んな歌舞などをして豪奢をきわめた大邸宅のあとも、
今ではただ青い松がはえているだけではないか。
この榮華の都長安を背景にひかえながら、南の郊外の片ほとり、ひっそりかんと閑静をきわめているのは揚子雲の住居だ。
くる年もくる年も、ソファの上に積みかさねた書物を相手にくらしている。
秋ともなれば、終南山に咲く桂の花が風に吹かれてちらちら飛んでくる。
そして、それが高いかおりをただよわせながら人の着物の裾につくのだ。
<End Formatted Translation>